確かにそうだ、とでも言ってしまえばどうにもならない俳句だけれど、じっと眺めてよくよく味わうと、虚子の強さがよく見える、虚子派の話もアンチ虚子の話も、所詮虚子の手のひらの上での話でしかない。我は我なり、恐らくは本音だろう、 […]
阿蘇高原にての前書きがある。声をあげて飛び去った一羽の鴉がぐんぐんと遠ざかり枯野に取り残された人がみるみる小さくなって、最後は大阿蘇の一点となるような感じを受ける。鳥になって阿蘇高原を俯瞰しているような句。(岩井善子) […]
何となく慌ただしく落ち着かない数へ日。食事に手を掛けている暇はありません。しかし、そこで頂く素うどんに身も心もあたたまり、さあやり残した仕事を片付けるぞという気持ちになるのです。素うどんこそ、うどんやだしの本来の味がスト […]
年の暮はわが身の一年を振り返る時節。「眼のとどく限り見てゐて」という措辞に、身辺の事物に思いを寄せる作者の、年の内を惜しむような心持ちと、そこからくる安堵の表情が伝わってくる。作者が飯田龍太と知れば、年の暮の甲斐の風土も […]
家から出るとあたりはすでに暗く、目の前には平らな山の影が見えている。日めくりの一日分であろうか。紙をひとつ燃やしながら、その炎を見つめる作者の伏した顔には無事に一年を過ごせた安らかさがある。(山内あかり) 出典:『麓の人 […]