古志会員による一句鑑賞

丈草は元禄の頃の俳人。犬山藩の藩士であったが、若くして出家した。芭蕉の死後、義仲寺のほとりに庵を結び師の墓を守った。蕉風を最も純粋に継承したのが丈草だとも言われる。この句は「丈草が喪に朊したという庵の跡はどのあたりであろうか」というのである。しかし「庵はいづこ」ときっぱり言われると、今も丈草が侘しくも清々しい暮らしを続けているのではないかという気がしてくる。訪ねていくのは梅の頃。白い花が道案内でもするかのように咲いている。(村松二本)
§691 · 2月 6, 2009 · 長谷川櫂の一句 · · [Print]

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