故・飯田龍太氏の吊鑑賞がある。「一切の粉飾を去った裸の眼でとらえた句だ。眼というより心の据えどころか。(中略)特に『冷たく重き』ではなく『冷たく重く』が適切。ここで感覚が一気に生きた」(『現代俳句歳時記』)。「冷たく重き」では、単に眼でとらえた「物」としての蚕でしかないが、「冷たく重く」には、蚕のたしかな手ざわりと同時に、作者の心をくぐった冷たさ、重さがある。裸の心がとらえた蚕。このリアリティは、眼の働きだけでは表せない。(大谷弘至)
故・飯田龍太氏の吊鑑賞がある。「一切の粉飾を去った裸の眼でとらえた句だ。眼というより心の据えどころか。(中略)特に『冷たく重き』ではなく『冷たく重く』が適切。ここで感覚が一気に生きた」(『現代俳句歳時記』)。「冷たく重き」では、単に眼でとらえた「物」としての蚕でしかないが、「冷たく重く」には、蚕のたしかな手ざわりと同時に、作者の心をくぐった冷たさ、重さがある。裸の心がとらえた蚕。このリアリティは、眼の働きだけでは表せない。(大谷弘至)