古志会員による一句鑑賞

ときに人はひろく世間を濁世と呼ぶ。しかし、俗の穢れを厭う自分の存在も、他所から見れば濁世の一塊にすぎない。生から一切の濁りを遠ざけることはできない。寒鮒が一夜、盥の中で生き永らえるときでさえ、呑み込んでいた泥や、身にまとっていたぬめりにより、水はこのとおり濁りを呈するのである。(萬燈ゆき)
出典:『晩春』

§3495 · 1月 11, 2012 · 今日の一句(2011年) · · [Print]

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