禅に啐啄同時というのがある。啐は殻を破ろうと雛が内側からつつくこと。啄は母鳥が殻を外側からつつくこと。双方のはたらきが一致して雛が誕生する。禅宗では弟子を雛に、師家を親にたとえ修行における機の大切さをとく。卵が孵化した瞬間、燕は雛となり親となる。命の誕生における啐啄同時には何の計らいもない。(岩井善子)
出典:『鮎』
禅に啐啄同時というのがある。啐は殻を破ろうと雛が内側からつつくこと。啄は母鳥が殻を外側からつつくこと。双方のはたらきが一致して雛が誕生する。禅宗では弟子を雛に、師家を親にたとえ修行における機の大切さをとく。卵が孵化した瞬間、燕は雛となり親となる。命の誕生における啐啄同時には何の計らいもない。(岩井善子)
出典:『鮎』