むかしの遊びは、もはや「わらべうた」にその面影を辛うじてとどめているのみの昨今である。さりながら、いつに時代にあっても「遊び」は、吾を忘れ解き放つ夢の時間であることに変わりはあるまい。はたと気が付けば日の暮れである。稚い趣もあるこの桃の花は、一方で桃源郷の表徴としての花でもある。失われし時間への回顧と追尋。この句にそれらの思惟がしのんでいるように思えるのは、わたしだけであろうか。(坂内文應)
むかしの遊びは、もはや「わらべうた」にその面影を辛うじてとどめているのみの昨今である。さりながら、いつに時代にあっても「遊び」は、吾を忘れ解き放つ夢の時間であることに変わりはあるまい。はたと気が付けば日の暮れである。稚い趣もあるこの桃の花は、一方で桃源郷の表徴としての花でもある。失われし時間への回顧と追尋。この句にそれらの思惟がしのんでいるように思えるのは、わたしだけであろうか。(坂内文應)