古志会員による一句鑑賞

むかしの遊びは、もはや「わらべうた」にその面影を辛うじてとどめているのみの昨今である。さりながら、いつに時代にあっても「遊び」は、吾を忘れ解き放つ夢の時間であることに変わりはあるまい。はたと気が付けば日の暮れである。稚い趣もあるこの桃の花は、一方で桃源郷の表徴としての花でもある。失われし時間への回顧と追尋。この句にそれらの思惟がしのんでいるように思えるのは、わたしだけであろうか。(坂内文應)

§1120 · 4月 10, 2009 · 長谷川櫂の一句 · · [Print]

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