季語は鷹でも鷹匠でもなく二月と読みたい。暦の上では二月とは冬が終わり立春を迎える春の始まりの月だ。たいていの人は厳しい冬がやっと終わるのでほっとするはずだが、鷹匠は自分の腕の軽さにどこかむずむずしている。鷹の居ない自分の腕が不自然なのだ。鷹匠は鷹が居てこその鷹匠であり、その事は本人の意志とは関係がない。評論が評価されるのかもしれないが、僕にとっての安東次男は指折りの手練れの実作者だ。この句の厳しさ、美しさを味わいたい。心が少し、ざわついているのだ。鷹匠はいつだって鷹を欲す。(西村 麒麟)
出典:『裏山』