淵とは、水の色をことのほか深く感じるところ。そこで涼んでいるというのである。それは、水か、はたまた人か。水があたかも意識をもっているかのように詠まれている。密教学につうずる俳人、河原が選んだのは、人間の存在、その思念のあくなき探求である。ゆえに句も反世界的な異端性をまとうこともあるが、生涯を徹底的にその姿勢に費やしゆく姿は、あっぱれでもある。(坂内文應)
出典:句集『烏宙論』
淵とは、水の色をことのほか深く感じるところ。そこで涼んでいるというのである。それは、水か、はたまた人か。水があたかも意識をもっているかのように詠まれている。密教学につうずる俳人、河原が選んだのは、人間の存在、その思念のあくなき探求である。ゆえに句も反世界的な異端性をまとうこともあるが、生涯を徹底的にその姿勢に費やしゆく姿は、あっぱれでもある。(坂内文應)
出典:句集『烏宙論』