島に生きる季語と暮らす(47)立冬

 山野に赤い実、青い実が姿を消すころ、その時期を見計らって、少年の私は、わが家の山の三か所に、地罠を仕掛けた。子どもながらに、やっと冬が来たという喜びがあった。今ならば動物愛護の精神が欠如とご指摘を受けるだろうが、なにしろ国も人間も貧困のどん底にあえいでいたころの話。お許しいただきたい。 

 地罠は、鵯を始め小鳥を捕獲する目的で仕掛ける。私は父から教わったが、これが実に巧妙に出来ている。まず仕掛ける場所が大事だ。山中で樹木が枯れたり、台風で倒木して、空が丸見えの場所が必要だ。二番目に、この空が見える空白の場所に直径二センチから三センチ大の樹木が育っていなければならない。私はこの樹木を二メートルくらいの高さで伐り、お辞儀をするように九十度近くに曲げる。樹木が元に戻って、天を衝こうとする習性を利用し、仕掛けのバネとした。

 このお辞儀した樹木の真下に罠を仕掛ける。まず長さ四十センチ大の樹木の枝を切り出し、左右を樹木のペグ(杭)Aで固定する。更に十五センチ大の樹木の枝の両端を紐でくくりブランコ状のものBを作る。この紐を、両端をペグで固定した枝Aの下にくぐらせ、お辞儀させた枝に掛け、ブランコBを二十センチくらい引き上げる。

 この二十センチの空白を確保するため、お辞儀した枝の先端から糸を垂らす。この糸の先端には、長さ十五センチ大の小枝の片方がくくられておりC、この枝でブランコの枝を引っ掛け二十センチの空間を確保する。このままでは、樹木のバネでブランコBはくるりと回転するので、ブランコBを固定するために、小枝Cをブランコ幅に渡して止める。即ち、餌を求めて小鳥が小枝Cを首や胸で触れて落とすと、ブランコBが落ちて、小鳥の首はABに挟まれる。

 三つ目は、餌が大事だ。地罠の半円は枝で囲み、熟柿、みかん、米など、遠目からも目立つ餌を入れる。こうすることによって、鳥たちは地罠のブランコBに首を突っ込む以外餌をついばむことが出来ない。が、突っ込めば首が締まる。柿など赤い実は、渋柿のときから取り貯めをして熟柿にした。

 先の回でたびたび述べたが、当時の子どもは朝夕、親の仕事の手伝いで忙しかったが、冬になると登校前、帰校後、罠を仕掛けた三か所を駆け足で回り、今でいうメンテナンスをすることが加わった。地罠掛けのほか、目白飼い、目白籠作り、大きな水槽で鮒、亀飼いなどは、当時の島の少年の避けては通れない遊びであったと思う。

   少年は地罠掛けたか冬に入る    靖彦

園田靖彦(そのだやすひこ)
 1943年 3 月21日、中国、旧南満洲鉄道付属大連病院で生まれる。敗戦により1947年 2 月25日、両親の郷里、壱岐島(現長崎県壱岐市)に引き揚げる。2005年12月『古志』入会。『古志』同人。

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