こんなにも四季の豊かな国でありながら、四季を大切にしない国も珍しい。とりわけ野菜の季節感がないに等しい。さやえんどうと問われてはっきりと何時が旬か答えられる人が何人いるだろう。都市などははしりの野菜が大きな顔をして、旬の […]
数年前までは玄関の戸をガラリと開けると、可愛い靴が散らかっていた我が家である。その靴がいまは小さくなって、下駄箱の奥にいくつも重なっている。今日は子供の日。子の姿は描かずに、靴を通してその成長を喜ぶ親心が伝わる。(稲田恵 […]
眠っている子の髪であろうか、草の上で遊ぶ子の髪であろうか、吹かれるままに風に流れている。それを近くで見守る若き父。輝かしい幸福の瞬間を、五月の到来とともに祝っているような喜びに溢れた句。なにげない風景も五月の光を透すと殊 […]
京都東山で詠まれた一句。東山から京を見下ろすと向こうに桂川が流れているのが見える。川は南に下りやがて淀川となるのだ。ところが今はその辺り一面が黄色い菜の花に覆われて川筋が良く見えない。菜の花畑の中できらきらと輝いている川 […]
この質感がたまらない。「たっぷり」とつけるべきものはいろいろあるだろうが「パンにバタ」は必然である。これこそ春を惜しむための最善の手段であると理屈抜きに思う。さらに、上五・中七のとろりとした調べがまさしく「春惜む」ではな […]