古志投句欄を読む 2021年8月

 衣更へて別人みたい別人さ   松本邦吉

この句は二人の会話になっているのだが、普通の会話文ではない。下五の「別人さ」は心内語のようでもあり、分裂した独り言のようにも思える。AさんとBさんは別人というのは当たり前だが、この句は、AさんはもうAさんではない、という感じがする。涼しげな台詞のようでいて、どこかぞっとさせるものがある。

 宿居虫や宿借り替えてまた独り 上俊一

ヤドカリは成長にあわせて、自分の体の大きさにあった殻に引っ越しをする。実際はなかなかあう殻がないものらしい。いい殻に棲んでいると、別のヤドカリに奪われることもあるそうだ。決してふたりで入ることはない。一つの殻にひとりが基本。この句の「独り」には寂しさもあるが、気楽でいいという明るい感じがある。

 いくたりの霜の別れを清瀬村  篠原隆子

石田波郷に随筆「清瀬村」がある。波郷は戦中に結核を発病し、清瀬の治療施設に入退院を繰り返した。それは1969年、同院にて死去するまで続いた。この句は、句集『惜命』にある〈霜の墓抱き起されしとき見たり〉を踏まえ、波郷のように結核で亡くなった幾人もの人々への鎮魂の気持ちを詠んでいる。

 母は子の最後の砦麦は穂に   大場梅子

子殺しは民話のなかだけの話でなく、これほど発展した現代社会においてもたえない。今年も、母親が五歳の子を餓死させた事件があった。子どもがどんな悪事を働いたとしても、母親だけは「最後の砦」である。いまこの社会に「最後の砦」は残っているのだろうか。たわわに実る麦の穂に作者の願いが込められている。

 海胆の棘海を探してゐるらしく 西村麒麟

売られているウニか、買ってきたウニか。ウニの無数の棘が四方八方にばらばらに動いている。その姿が目に見えるようで、あはれを感じさせる。表現上はウニを外から見ているように詠んでいるが、実際はウニという対象の中に入って詠まなければこうはいかないだろう。作者も心のどこかで自分の「海」を探しているのかもしれない。

 暖簾揺るるは春風か寅さんか  神戸秀子

東京ウェブ吟行句会での一句。吟行地は柴又帝釈天、映画「男はつらいよ」の舞台でもある。この句の景は、店の中から外を見ると暖簾が揺れている、それだけであろう。「春風か寅さんか」という問いかけは、作者の心の声である。そこから虚実が入り混じるような心の世界が広がってくる。

 大根も人間も生き延びて春   市川きつね

七年前の古志青年部年間集に〈ふるさとの大根抜きに駆けつけん〉という作者の句がある。それ以前にも作者は〈大根を持つておどけてみたくなる〉という初々しい句を読んでいる。この間のことはまったく知らないが、「生き延びて」という言葉が伝えるものがある。今月号には〈ことのほか重たき春の大根かな〉という句もある。作者は「大根」にその境涯を映す。ともあれ、春は来た。

 ふらここを飛び立つやうに結婚す 竹中南行

結婚しようか、やめようか、気持ちが行ったり来たりしたのだろう。本人のことか、親族のことかわからないが、横から見るとこう見える結婚であったのだろう。こういう旅立ちの春もある。かすかな笑いが、安堵感を感じさせる。

また以下のような句も感銘を受けた。

 花貝や元恋人といふ他人     森凛柚
 観音の御足に触れて春惜しむ   金澤道子
 大好きの大を大きくチューリップ 喜田りえこ
 春雲を吸ひて掃除機軽くなる   吉冨緑
 俺の顔すなはち親父青山椒    西川東久
 老いたれば忘れる力春うらら   水谷比嵯代

関根千方(せきねちかた)
1970年、東京生まれ。 2008年2月、古志入会。 2015年、第十回飴山俳句賞受賞。2017年、句集『白桃』[古志叢書第五十篇](ふらんす堂)。古志同人 。
Twitter: @sekinechikata

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