古志投句欄を読む 2020年1月号

 乳足りて母子白桃のねむりかな   神戸秀子

戦乱の世にあろうとも、腹いっぱい乳を飲んで眠っている赤子の顏を見られれば、正気を失わないような気がする。それが母子の寝顔となれば、なおさらだ。しかし、それは「白桃」のように痛みやすく、か弱いものであることを忘れてはならない。いまも世界は戦渦のなかにある。

 いのちとはかくも単純破れ蓮    三玉一郎

「単純」という言葉の普通さがいい。複雑なことをいくらとやかく述べようと、命とは即ち破れ芭蕉。それだけのことだ。そう言い切った。清々しささえ感じる。

 登高や李白は月をとらへんと    菅谷和子

「登高」といえば杜甫の詩であるが、即座に「月下独酌」の李白に視点が切り替わる。静と動のコントラストがくっきりと鮮やか。唐の二大詩人を一句にしてしまった。

 人いつか標本となる螇蚸籠     鈴木伊豆山

〈彼らはそれを知らない。しかし彼らはそれをやっている〉。マルクスは『資本論』でそういっている。人は自分のやっていることが本当は何であるかを知らない。それを知るのは標本になったあとだと、この句はいっているかのようである。モンティーパイソンのコントのような笑いを思わせる。

 龍田姫月を鏡に粧ひぬ       間宮伸子

この句は深まる秋への賛美ととりたい。月の夜が明けると、山々の粧いがいっそう深まっている。龍田姫は秋をつかさどる女神。竜田山の祭神でもある。

 鰯雲あの世の先のありぬべし    川口勇

この世の先にあの世があるというのではなく、その先があるはずだというのである。これは、あの世を終点のように思ってはならないということであろうか。延々と続く「鰯雲」が、作者の心象をかたち作っているかのようである。

 たとふればゑのころ草のやうな人  矢野京子

「ゑのころ草のやうな人」というだけで、どんな人かすぐに分かってしまうところが面白い。誰かにその人のことを訊かれたのだろう。

 新米の口をはみだす握り飯     坂口和子

新米の白むすびが美味しすぎて、おのずからはみ出してくるほど、口に頬張ったのだろう。喜びといきいきとした感じが伝わってくる。

 包丁はこの一本や紅葉鮒      西村麒麟

琵琶湖に暮らし、長年この一本の包丁で鮒を捌いてきたといった感じだろうか。鮒が色づいてきて、またこの包丁の出番がやってきたのだ。長谷川前主宰の〈湖の一日晴れて紅葉鮒〉を意識しての句と思うが、「紅葉鮒」の俳句自体がまだ少ない。こういう季語もかかんに詠んでいきたい。

 地球から涙溢れて秋出水      小林暁子

洪水の被害を嘆いて、地球が泣いているというのではない。この句はそうではなく、地球の涙の理由はわからないのだ。ただ地球の目から涙が溢れるように、川から水が溢れ出てくる。作者にはそう見えたのだろう。

 菊枕夢にまみえし君は誰      梅本元子

夢の中では、人はたやすく入れ替わる。目覚めると、夢に現れたあの人が誰であったかがわからない。意識的に誰かにしてしまうのではなく、逆に意識に誰?と問うている。目覚めてもまだ、菊の香りのように夢の雰囲気が残っているかのようだ。

 商談のぱちりとたたむ秋扇     光法晴美

さぞ熱い交渉であったのだろう。ぱちりと扇を畳む音とともに、商談が終わった。商談途中、その扇であおぐ場面が幾度もあったのだろう。どことなく、商人の街の雰囲気が伝わってくる。

一月号は、古志五賞の発表があった。選考員の神蛇広さんが、今後の俳句に大切な「二つの方向性」について書かれていた。この二つの方向性を自分なりに拡大して考えてみたい。

小説にも二つの方向性がある。一つは、国学あるいは民俗学につながる方向。つまり、神話や民話、説話、歌謡、物語文芸など、言葉は多様性のなかにある。もう一つは、言文一致以降のリアリズム、自然主義文学につながる世界。私小説がいい例であるが、言葉は平易であり、一般性の上に成立する。いい小説は大抵、この両面性をもっている。問題は一方から別の一方へどう食い破るかだ。

俳句も同じことがいえる。それは小説の話であって、俳句は短すぎるという人もいるかもしれない。しかし、今期の飴山實俳句賞の受賞作品を読めば、納得されるのではないだろうか。五七五のなかに二つの方向性がそれぞれ絶妙なバランスで織込められているのがわかる。あらためて古志のミッションである「古典によく学び、時代の空気をたっぷり吸って、俳句の王道をゆく」ということを思い出すべきだろう。

関根千方(せきねちかた)
1970年、東京生まれ。 2008年2月、古志入会。 2015年、第十回飴山俳句賞受賞。2017年、句集『白桃』[古志叢書第五十篇](ふらんす堂)。古志同人 。 Twitter: @sekinechikata

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