古志投句欄を読む 2021年9月

籠り居のときどき唸る冷蔵庫 升谷正博

 家という囲いの中で人と離れて暮らす。コロナ禍で多くの人がそうした体験をしたわけだが、掲句はその寂しさの句だろう。唸るの一語によって冷蔵庫が肉体を持つ。自分で満たされた空間のなかで、他者と言えるのはインテリアだけだ。外に出れば人が行き交っていて自分と異なる存在がイヤというほどいるが、家にいると他者がいない。コロナで籠るようになって一年経過した今だから、それが重要な問題だと分かった。掲句も時間が経つことで生まれたのかもしれない。インテリアに他者を見出す。これは寂しい。

まろび出し珠の毛虫を真二つ 藤原智子

 まろび出るではなく、出しとなっている。毛虫を駆除する意志がよっぽど強く、最後までその意志が貫き通される。真二つと歯切れの良い語が憎き毛虫を切った爽快感を伝え、さらに毛虫を珠という硬いものと捉えているため、切った際の質感、手応えが明瞭になる。それは実際に毛虫が硬いかどうかではなく、憎きものを切った時に心で感じる手応えだろう。細かい技術を面白く読ませていただいた。

梅雨寒し目の映るかに薄き粥 加田怜

 薄い粥のわびしさに背を屈めながら、おのれの目が見えそうな気がする。病的な感覚でもあり、自己への凝視でもある。目と電灯は形状として似ている。しかし、電灯が映りそうな薄い粥ではつまらない。薄い粥を見つめる者の頭上で電灯は灯り、顔は陰翳を帯び、梅雨の戸外はうす暗い。掲句は暗めのトーンに包まれている。その暗さは精神の弱さに通じるのだろうか。心情的な寒さに浸っていると鑑賞するよりも、精神の相剋を見せ、粥をすする貧しい暮らしながらも、もしくは病の淵でも生きようとする靱さを裏に読みたい。

父あらば根付きの鰺の舟仕立てん 福田かず子

 父だけではなく、父の生きた時代も失われている。幸田文に「鱸」という文章がある。「河の鱸は、蜜柑の花が白く咲きだすころからはじまって、秋あおみかんのはしりが売りに出るころに終わるもの、というようにおぼえている。だから父はよく畑の蜜柑がぽつ〳〵と蕾の頭を白くしはじめるのを待って楽しそうにしていたし、二百十日が過ぎ、二百二十日が過ぎると、そろ〳〵なごりの釣を惜しみはじめるにきまっていた――」と父・露伴と弟の思い出がこの後に続く。掲句の父も、根付きの鰺を釣るのが毎年楽しみだったのだろうか。自然によって生活リズムが生まれる。現在ではなかなか感じ難い季節の動きを、趣味を入り口にして体感する。充実した生活だろう。文体から江戸的な情緒を感じる句でもある。それは隣に置かれた「北斎忌江戸の本所にわが高祖」に引っぱられているからかもしれない。

老鴬や首を傾げてまた囀る 林弘美

 首を傾げる艶冶な仕草にどこか一筋縄ではいかないしたたかさがある。老鴬という鳥が老妓を思わせるからかもしれない。若い頃は首を傾けることが恥じらいを帯び、その人を魅力的に見せていた。効果的なポイントを見極めて使う技でもあった。ところが老いると昔は愛らしかった仕草が途端に浅ましく見える。厚かましい、品のない振舞いに見える。だが技として極めれば話は別だ。洗練された手管として、その人を象徴する、人を魅了してやまない仕草になる。老鴬の仕草も熟練の技に感じる。また、とあるのが想像を膨らます。囀りつづけ、技を持ったまま最後は土に帰るのだろう。声もきっと艶めいて美しい。

サイダーに瞬きのふとにぶくなる 魚坂みりん

 サイダーは青春性と結びつきやすい。掲句は気泡がゆっくりと上がるのを見て目蓋が重くなっている、くらいに解釈すべきだろう。気怠げな空気が漂っていて、サイダーと結びつきやすい青春の爽快感とはずらされている。松任谷由実の「海を見ていた午後」のような青春の明暗を回顧している句として読める。面白いのは身体感覚として青春が呼び起こされていることで、若い頃に特有な身体的なナイーヴさが蘇っているように読める。

最後に
二年間ありがとうございました。隔月で投句欄を読んでいくことは自分の価値観を相対化することに繋がり、本当に様々なことを学ばせていただきました。なにより古志の皆さまの名前を覚えられたことが大きいです。○月号という横の読みだけではなく、この人がこういう句を書く、という縦の読みも通読する中での楽しみでした。それについていつか書けると良いなと思っています。ただ申しわけないのは更新が毎度遅くなったことです。そのほか至らない点も多々あったと思いますが、いつも温かく見守ってくださりありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。 平野

平野皓大(ひらのこうた)
1998年生まれ。神奈川育ち。2019年5月、古志入会。第十一回石田波郷新人賞準賞。短詩ブログ「帚」 http://houkipoetry.com/

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