古志投句欄を読む 2020年11月

 醤油などいらぬと父の冷奴 内田朋子
 
 父の頑固そうな人柄が分かる力強い「ぬ」であり、清廉潔白さをどこかに感じるのは冷奴の白を醤油で汚そうとしない父の心意気からだろうか。掲句に表れる父は典型的な家父長イメージの「父」で、昭和の雰囲気を漂わせる冷奴と上手くかみ合っている。また冷奴は死のイメージをもまとう。隣りに並べられている「亡き父のほとりに棋譜と籠枕」から亡くなられたことが分かるのだが、掲句単体でも父を偲ぶ気持ちはありありと見て取れる。
 
 烏賊釣りや十本の足墨だらけ 米山瑠衣
 
 すべての足とざっくり把握されるのではなく、十本と、精確な数字を言われることで足のひとつひとつが見えてくる。それは暴れまわってあちらこちらに墨を飛ばす烏賊の激しい動きを見せるとともに、漁船に吊された乏しい灯りだけを頼りにして、烏賊と格闘している作中主体の厳しいまなざしを浮び上がらせる。このとき我々は掲句を鑑賞しながら、闇に浮び上がる作中主体の背中を見る。闇のなかで烏賊に向ける作中主体の視線と、我々が作中主体に向ける視線は、等しいもののとしてすり替わってしまうのだ。
 
 月光に慈しまれて甲虫 長井亜紀
 
ときに不気味なものとして、ときに癒やしを与えるものとして、古今東西、人は月光に吸い寄せられてきた。月光のこの二つの側面は相反するものではなく、表裏一体だろう。慈しまれながらもそこに甘んじるのではなく、心のなかでむくむくと立ち起る反発心がある。慈しみとはひとつの同情であり、同情とは哀れみの視線である。夜になってから活動をはじめた甲虫が、自らの角を月に向かって誇るように持ち上げる風景を思いうかべた。
 
 八月の鳥みな光る帽振れば 今村榾火
 
 盆があり、終戦日があり、八月は死の感覚が否が応でもつきまとう。帽子を振るという親しみを表すとともに別離の情をも表す動作は鳥に向かって行われ、見つめる先の鳥はみな光っているという。この少しばかしの虚が掲句をより切実なものにして、先に死んでいった者たちの魂が鳥に宿っているようにも見せ、帽子を振りながらそれらの魂と対話をしているようでもある。鳥たちは遠く飛び去っていくのだろう。
 
 火と水を荒使ひして鰻の日 片山ひろし
 
 火、水、とエレメンタル(こんな言い方があるのか知らないが)に言ってのけたのが掲句の眼目だろう。火、水、と一見無理のありそうな上五を「荒使ひ」と置くことで上手く処理し、豪快でエネルギッシュな鰻の日を立ち上がらせる。いかにも美味しそうな鰻とその香ばしい匂いまで感じられる。鰻の日を堪能している気分が一句に満ちているのが楽しい。
 
 柩いま出でなんとして祭笛 延原忠保
 
 祭笛と置かれたことで柩が出るという景がグロテスクなものに変わる。不幸ごとである出棺に、祭の笛が吹かれることはある種の礼を欠いた行為に思えるが、どちらとも所謂ハレの儀であることを考えればそう違和はないのかもしれない。とはいえいざ出棺しようとするところで祭笛とはいかにも調子外れに思える。キッチュな組み合わせによって、眼のまえの景の別の相が露わになる。
 
 石仏に残暑の水をかけ申す 梶原一美
 
 かけ申すとは何とも大仰な表現だと思うが、これは残暑の景だから成功している措辞ではないだろうか。そろそろ夏も終わりの頃だというのに石仏の肌は今日も熱せられ、苦しかろうと水をかけてやりたくなる。しかしその水とて冷たいものではない。強烈な日にさらされた温いものである。そう感じさせるのは「残暑の水」という言い方によるものだろう。きっと申し訳程度の行いに違いないが、かけないよりマシだろうと思う信心の深さが「かけ申す」によって表れている。
 
 貧乏も神の恵みぞ夏野菜 濱岡之隼
 
 とらえ方が気丈で面白いと思ったが、夏野菜のつけ方がのんびりとしていながら大地の恵みであるという点で離れすぎず、かといって理に落ちず、なかなか丁度よいつけ筋の具合ではないだろうか。古志を読んでいてやはり二物衝撃の句が少なく、この句も現代俳句に見られるような異質なものの出会いを楽しむような時のつけ方と違うが、かえってあまり見ないということで気になる句だった。


 今年もまた関根千方さんと投句欄を読むのコーナーを担当することになりました。昨年と異なるのは千方さんが偶数月を担当し、僕が奇数月を担当するということです。去年一年投句欄を読み、思ったところをつらつらと書いてきました。はじめは古志特有の見慣れない句が多く、悩まされるところもありましたが次第に慣れてきて、だいぶ一句に対する解像度が高まってきたように思います。まだまだ自分のスタイルが定まっていないため、わかりづらい評を書くことも多いと思いますが今年一年お付き合い頂ければ幸いです。目標としてはなるべく早く書き上げることです……それでは、よろしくお願いいたします。

平野皓大(ひらのこうた)
1998年生まれ。神奈川育ち。2019年5月、古志入会。第十一回石田波郷新人賞準賞。短詩ブログ「帚」 http://houkipoetry.com/

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