大空へそれぞれの凧放ちたる 藤原智子
あんなに幼かった子らも、もうそれぞれがそれぞれの人生を歩み出す。そんな子らを誇らしくまた頼もしく思う、作者の心が伝わってくる。凧が勢いよく、ぐんぐん大空へ伸びてゆく様子が目に浮かぶ。
花道をはづむ盗人初芝居 仲田寛子
盗人、盗賊の物語は、古今東西、たくさんある。それは、生きるためには盗人とならざるを得ない現実は、いつの世にもあるということであろうか。物語は何か逸脱したものが出こてこないと面白くならない。作者のわくわくした気持ちが伝わってくる。
熊撃つな心やさしき月の子よ 上俊一
「月の子」という言葉が、一句を詩に変えた。一見、荒唐無稽な言葉であるがゆえ、理屈をこえて、心に響いてくる。もちろん熊と人との間には、さまざまな問題が折り重なって存在している。そんなことは百も承知。詩とは自由な心に宿る。
鷽替の鷽のまつ赤な喉かな 葛西美津子
嘘に替えてしまたいような出来事は、生きていれば誰の身にもおきるだろう。鷽替とは、そうした厄災や凶事を真っ赤な嘘に替えてしまう神事。この句は、何も言わず、ただその鷽替の木彫りの鷽の赤い喉(のんど)だけに焦点を当てた。一言でも何か言ったら、すべてが嘘になるかのように。
この国のかたちいまだに菜の花忌 杉山常之
菜の花忌は、2月12日、司馬遼太郎の忌日。司馬の『この国のかたち』は、冷戦終結前後、昭和から平成への時代の変化の中で、日本の本質を問うた随筆。この句の本願は「いまだ」にある。作者はいまなお問題が片付いてないと言っているのだ。
熱燗や日に日に政りおぞましき 丹野亮青
長期政権は腐敗するというが、隠蔽や改竄までやってはばからない政権は、まさにおぞましいというほかない。熱燗も日に日に熱くなっていく。
梅探る兜太の国の明るさに 真板道夫
「兜太の国」とは、もちろん金子兜太が産土と呼んだ秩父の山国である。この句は探梅の句であるが、兜太の俳句を丹念に読んでいる作者の姿も見えてくるようだ。梅の花のような輝きを求めて。
煮凝になりかけてゐる目玉かな 升谷正博
ブリかマグロのあら煮だろうか。身を削がれ、骨を裂かれ、腹一杯食われた魚。煮汁にのこった大きな目玉が、ゼリー状に固まっている。グロテスクにして、あはれ。
針魚より指細うして針魚裂く 安藤久美
サヨリの細長さが、身を裂く指の感覚で伝わってくる。実際の指は細くなるわけではないが、サヨリの身の細さが、そうさせるのだ。
◇
2020年5月現在、世界は新型コロナウイルスの感染拡大のただなかにある。
今月号の投句欄に掲載されている句は、おそらく1月に詠まれたものが多いはず。その頃は、まだ日本の感染者は数人にとどまり、対岸の火事ならぬ、対岸の疫病であった。ところが、みるみるうちに国内にも感染が広がり、4月7日に緊急事態宣言が出る。当初、宣言は5月6日までという期限であったが、延長を余儀なくされた。
句会はほぼ中止。東京句会についていうと、3月から中止せざるをえない状況が続いている。毎月、当たり前のように句会に集い、句を詠みあっていたことが、すでに遠い昔のように思える。
しかし、古志では、いち早く、Skypeのグループ会議とYouTubeのライブ配信を使ったオンライン上の句会を開始した。まだ試験的ではあるが、いくつかわかってきたことがあるので、ここに記しておきたい。
Skypeのグループ会議では、双方向で参加者の声が聞こえ、顔が見える(Webカメラやマイクが必要)。参加者の人数は25人程度が上限(機能上は50人、有料サービスを利用すれば250人)。名乗りができ、質問や意見も言える。ただし、全員が同時には話すとうるさいので、司会が必要になる。音に関してはハウリングやノイズが生じないような工夫も必要。リアルタイムが基本だが、録画しておけば、非参加者への共有も可能になる。
YouTubeのライブ配信では、披講と講評が一箇所から一方向でなされる。参加者の人数は、投句数を減らせば、50〜100人くらいまで増やせそうである。さらに、非参加者の視聴も可能になる。リアルタイムの視聴だけでなく、あとからアーカイブを誰もが自由に視聴できる。
技術的なハードルは、YouTubeのほうが低いが、Skypeも高い技術はいらない。今後の技術進化でもっと使いやすく、高品質になっていくはず。現状はまだ、視聴するだけならスマートフォンで問題ないが、句会をする場合は、パソコンがあったほうがよい。
ただ、どちらにしても、運営はツールの開発元に左右される可能性がある。たとえば、グループ会議のツールは、Skype以外にもZoom、Google Hangouts Meet、Microsoft Teamsなどがある。Skypeは、Microsoftのツールであるが、後継として既にTeamsが用意されている。もし句会のツールを乗り換える場合、参加者が全員、変更しなければならない。
いまのところSkypeやYouTubeではどうにもならないのが、投句、清記、選句という句会本来の行為である。現状、投句と選句は、メールやフォームを利用しているが、清記は誰かが手動で行うほかない。今後は投句、清記、選句、集計という機能を自動的に行うアプリケーションが必要になるはず。とくに、オンライン上で席題を行う際は、とくに必要になるだろう。
さらに言うと、縦書表示や手書き入力ができるとなお、一歩進んだアプリケーションといえるだろう。何年後になるかわからないが、いずれそうした句会の形が実現していくのではないだろうか。
いずれにしても、通常の句会とオンライン上の句会とは同じではないし、同じようにはいかない。その前提に立って、ツールはあくまで手段として、活用していくべきだろう。
関根千方(せきねちかた)
1970年、東京生まれ。 2008年2月、古志入会。 2015年、第十回飴山俳句賞受賞。2017年、句集『白桃』[古志叢書第五十篇](ふらんす堂)。古志同人 。 Twitter: @sekinechikata
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