(2)季語は縄文の神々が・・・オール讀物7月号から抄録

―――季語は縄文の神々が棲まいたもう言葉の御社(おやしろ)である―――

夢枕獏さんの「仰天・俳句噺(2)」オール讀物7月号P293~309からの抄録です。

<抄録ココカラ>

(1)新しい先生が転任してきて「私が顧問をやりましょう」ということで、“文芸同好会”が“部”になった。先生は言った。「みなさん、俳句をやりましょう」 え?俳句。<中略>ある朝いきなり、朝礼のときに、「夢枕君の俳句が、全国俳句なんとかで入選いたしました。」校長先生から壇上に呼ばれて、賞状をいただいた。 

そのときの俳句が、―野の蓮華摘みつつ病院までの道―                  「お、おれの作ったやつじゃない」僕が作った元の句は、もう記憶にないので、文章で書くと、「病院にゆく途中で摘んだ蓮華草を、もう春だなアと言って、君は舐めた」というのを、五七五、多少字余りで句にしたものだった。

「先生、あれはぼくの作った句ではありません。」                     「いいえ、立派に、あれはあなたの作った句ですよ」                     「でも先生がなおしたんですよね」                            「はい。けれど、それはあなたが言いたかったことを、ちょっと言いかえただけなので、あなたの句なんです」・・・そういうものか。 ―でも― 違うぞ、それ。                賞をもらったけれど、少しも嬉しくなく、なんだか騙されたような気分。そりゃあ、字余りじゃないし、口でころがした時に、よいぐあいにねっているという、それはわかる。でも―“おれの句じゃない” 断固としてそう思ったワタシなのでしたよ。

(2)「オール讀物」1994年8月号 “納涼大句会”

主宰が野坂昭如さん、他のメンバーは、小沢昭一さん、山藤章二さん、清水義範さん、高橋洋子さん、俵万智さん、嵐山光三郎さんとぼく夢枕の8名。なんだかすごいメンバーでしょう。前日はどうしたらええんじゃと震えていました。

―仙人掌で素手のキャッチボールやらせたき編集者―夢枕 「なんじゃ、こりゃ」と野坂さんが、ひろって笑いにしてもらった。                                 まっとうに作ってしまった二句。

―打ち水や来ぬ人のあり青垣根―夢枕

―冷房を止めて夕立の音を聴く―夢枕

これを野坂さんが、天と人でとってくれました。「ワタクシです」と手をあげると、「なんだ、アンタだったのか」と、がっかりしたお顔。「一体、どなたの作と推理されたのか」と問うても、野坂さんは草葉の陰。

(3)相撲観戦エピソード:メンバーは、嵐山光三郎さん、坂崎重盛さん、南伸坊さんほか。稀勢の里が勝っておけば、綱取りの望みがつながる一番、あーあ負けちゃった。

嵐山「稀勢の里横綱の夢消えの里」                             夢枕「よりきってもよりきってもあおいやま」                         南「まっすぐなよりきりでさみしい」                            夢枕「うっちゃてもひとり」

俳句、みんなでやれば楽しいじゃん、ということに思いあたった時でした。           この頃、高野山で作った句。                                ―煩悩は一輪の梅小夜嵐―

(4)プレバト!!のこと

始まったのが、2012年の10月。何がおもしろいかって、皆さん、真剣に作っている。しかもバラエティーにちゃんとなっている。ぼくは毎週録画して、観ています。梅沢富実男さんは、俳句脳の持ち主として凄いです。松山の「俳句甲子園」観戦に行きました。

藤本さん(フジモン)―マッチ箱の汽車眩し夕虹の街―                      村上さん―西日へと坊ちゃん列車転回す―                               とどめが東国原さん―鰯雲仰臥の子規の無重力―                       ああ、おれはまだ、俳句脳になっていない。

<中略>ついこの前の志らくさんの句 ―春眠や「カイロの紫のバラ」よ―           これがわかりませんでした。「カイロの紫のバラ」がわからなかったんですね。「カイロの紫のバラ」は、1986年公開のウディ・アレン監督のタイトルだったんですね。ある映画を五度見に行った女性が、映画の中に出演している男性から、「また見に来たんだね」と声をかけられる。この男性が画面の中から出て来て、その男性と女性は、一緒に映画館を出てゆくという、夢のようなファンタジー、ラブストーリですよ。                                             これを志らくさんが説明して、はじめてぶったまげるわけですね。だけど、このままじゃわからない。どうしたらいいのかというところで夏井さんの添削が入る。

春眠とは「カイロの紫のバラ」か―                            つまり、読み手への問いにしたわけですね。そうすると、読み手は、この「カイロの紫のバラ」とは何かと、何人かは調べるであろうと。                            夏井「こういう挑戦はおおいに評価したい。」                         この添削後の志らくさんの言葉がよかった。「これは思いつかないですね。ちょっと感動してしまいました」                                          ぼくもそうでしたよ。どうしたらいいの、この句。そう思っていたら、見事に解があったんですね。この解を見て感動ですよ。そして、志らくさんの言葉でまた感動。志らくさんが思わずまっすぐな本音を口にしてしまって、ここで見る者を感動させちゃうんですよ、この番組は。         夏井さんの力量が、ハンパないってことですね。こんな風になおせるものなの?なおせちゃうんです。あらためて、―野の蓮華摘みつつ病院までの道―でよかったんじゃないの。考えさせられたひと幕だったんですよ。<抄録ココマデ>     ―つづくー

2 Comments

  1. 篠原正史 said:

    (1)
    (1) 9/5付朝日新聞の朝日俳壇
    ―酷暑てふしづけさのなか人老いる― 加田 怜(筑西市) 稲畑汀子選
    加田さん!ご活躍です。!
    (2) 今回は、夢枕さんの俳句が少々出てきました。
    夢枕さんの連載は長丁場となりそうです。話の内容があっちへ飛んだり、迷い込んだり、それはそれで作者の博識振りが楽しいのですが、当ブログ、俳句関連情報に絞ってお知らせいたします。

    2021年9月8日
    Reply
  2. まさし said:

    おはようございます。
    加田さんの句を拝見して、やっぱり気になる。
    夏バテしてはる(?) 
    9月は夏の疲れが出る時期です。ご自愛くださいませ。
    ということでエールを2本お届けします。  Cheer up‼   Just do it‼
    (1) サミュエル・ウルマン (Samuel Ullman)さんのYOUTH、さわりです。
    Nobody grows old merely by a number Of years.
       歳を重ねただけで 人は老いない。
    We grow old by deserting our “ideals”.
       夢を失ったとき はじめて老いる。
    <参考>翻訳者の新井満さんsaid :逐語訳ではなく、大胆な自由訳とした。例えば本詩の核心をなす“ideals”という英語は、“理想”と翻訳するのがふつうだが、あえて“夢”と自由訳した。
    (2)むかし、遠藤周作氏(1923-1996)の講演を聴いたことがある。
    そのとき氏は50歳すぎだった。
    今でも、妙に印象に残っている場面がある。
    「老人が沈みいく夕日をみつめているときの心境、これをまだ想像できない、書けない」
    いまなら私、教えてあげられる。
    「同なじよ。若者が、夕日に向かって“バカヤロー”と叫ぶの同なじ」

    2021年9月10日
    Reply

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