古志投句欄を読む 2021年4月

 あかあかとありぬ昭和も塩鮭も  神戸秀子

「あかあか」とは昭和という時代が遠くなったという感慨であろうか。あるいは戦火であろうか。日の丸であろうか。いずれにしても、実際の色ではなく印象である。「塩鮭」の落差がいい。

 老いながら老ゆる妻見る炬燵かな 稲垣雄二

夫婦の「老い」という時間が描かれている。作者は目の前の妻を鏡にしているのだろう。老いゆく二人のあいだには、いつもぽっかりと空いた「炬燵」のあたたかさがある。

 繭玉やまだちらちらと雪降りぬ  長井亜妃

「繭玉」の飾られた正月の部屋の中から、ガラス越しに外の雪を見ているのだろう。「まだちらちらと」という表現で、降り残る雪の感じや臨場感が伝わってくる。微妙な心象にも思える。

 新巻や叫びのままに箱の中    原京子

箱のふたを開けてみると「新巻鮭」がまるで声にならない叫びをあげるかのように口を開けている。産卵のために激流を上ってきた鮭の荒々しさが目に浮かぶ。

 着ぶくれて何言はれても笑顔かな 田中益美

ボクシングでは攻撃は最大の防御というが、言葉もそのように使う人がいる。いくら着ぶくれても攻撃は防げないが、この笑顔には、攻撃的な言葉に頼らない強さがある。

 怒らねば力がつかぬ粥柱     鬼川こまち

現代はどうでもいいことにイライラしている人が多い。にもかかわらず、本当に怒るべきことに怒っている人は少ない。自分自身に怒る、なんてことをする人もそうだ。この句の力も何かを律する力だろう。

 大年やうがひ納めを高らかに   田村史生

うがいは毎日しているのだろうが、「大年」ともなれば、その音も普段より高くなる。新型コロナウイルスで滅入りがちの気持ちを払うだけでなく、興を感じさせるのがいい。

 つつかれて舌を咬みたる寒蜆   佐伯律子

蜆が慌てて殻を閉じたら「舌」を挟んでしまった。こういう蜆は食うには惜しいものを感じる。貝のからだから伸びる舌のような部位は、実は足なのだそうだ。

 地に大河天に銀河や冬眠す    潮伸子

天と地の大いなる河にはさまれて、生きものたちは眠ったまま冬を越している。宇宙の雄大さと静かさを感じさせる。人の気配がしないのがいい。

 初夢の中も夫婦で働くや     西村麒麟

男女共同参画社会といわれる現代の夫婦の姿。家内制手工業の時代であれば「夫婦」ではなく「家」だろう。「初夢の中」までとは、たいへんな夫婦の絆である。

 大の字のわれも大地や雪の上   原田曄

大地も海も空もみなこの地球の表層を形成する物質の循環システムである。この句は理屈ではなく、雪の上に寝転んで、われも大地だと実感したのだろう。

関根千方(せきねちかた)
1970年、東京生まれ。 2008年2月、古志入会。 2015年、第十回飴山俳句賞受賞。2017年、句集『白桃』[古志叢書第五十篇](ふらんす堂)。古志同人 。
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